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小さな冷たい手や 冬の日の髪の匂いも
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今1番聴いているバンドは何かと聞かれたら、即答でART-SCHOOLと答える。 5月に初めて彼らを知り、そこからはずっと聴いている。毎日聴いている。不思議と飽きることもなくずっと聴いていられるんだ。 メロディーと歌詞の両方にやられた。そしてなんだかあの世界観がとても気に入った。ライブにも行った。そんなに目立たないバンドだから知らない人も多いかもしれない。バンド結成からもう8年もたっているみたいだ。世界観、そう世界観。なんか言葉では表現できない感じがする。全く違うかもしれないけどアニメの「セカイ系」に通じるような気がしてしまう。そこにいるのは君と僕で、でも僕にはなんにも出来なくて…みたいな感じかな。 ARTの歌詞にはよく冬をイメージさせる言葉が登場する。そんなところも気に入ったのかもしれない。けっこうアルバム出してるみたいだから、これからも集めると思う。 今聴いている音楽をきっと10年後に聴いたら今に戻れる気がする。その今の音楽がART-SCHOOLでよかった。今の切なさや憂鬱さ寂しさととてもよく合っている気がするから。 なんとなくの話だ。 今日はバイトもなく放課後の予定もなかったので部室で後輩達とトランプなんかをして過ごした。こんなふうに出来るのもあと二週間くらいだろう。二週間後には俺は部活を引退してしまう。幹部の仕事も終了だ。幹部では副部長の役職に就いていた。俺達の総括が終了し、二回生の後輩達の総会が終われば引退と言う形をとり、事実上写真部からは遠のく。行こうと思えば部室には行けるが、あまり気分は乗らないかな。後輩達や同回のやつらには会いたいが、なんとなく引退後も居座るは気が引ける。前に、引退は寂しいが楽しみであると書いた気がするが、実際はそんなこともなくやっぱり寂しいし、居場所がなくなると思うと大学に行く意味さえ分からなくなりそうだ。 後輩達とのトランプのあとはスーパーによって晩御飯の材料を買い、一人で作り一人で食べた。付き合っている彼女もいるわけでもなく、金がないから誰かと飲みに行くなんてのもありえない。いつもこうして、ご飯を食べ、パソコンを開き、ネットの世界へ舞い落ちる。アニメを見たり動画を見たり、アマゾンや楽天を覗いたりしている。一応立場上は就活生であるのだが、就職活動たるものは何一つやる気が起こらずただ、現実逃避に打ち込んでいるような気がする。ボーット物事を考えたり、突然単車で出かけたりもする。そして眠くなった明け方に眠る。 「未来で待ってる」 そう言われてもどうもピンとこない。俺は今で十分だ。今が楽しすぎる。そして今不満な部分が多すぎる。そしていつもどこにも行けない。どこかに行きたい訳じゃないけど。 なんとなく、が多すぎて困る。 なんとなくこうなればいいな、とか、なんとなくこのままで、なんとなくもう少し、 誰かに気づいて欲しくて、誰かに認めて欲しくて、誰かに褒めてもらいたいのが本音かもしれない。 ![]() 連休を利用し、京都のアートゾーンで開かれているゼラチンシルバーセッションと写真部の最後の撮影会に行ってきた。 今はデジタル全盛の時代だけれども銀塩写真の魅力を伝えよう!って感じの写真展。有名写真家や有名人が多く参加してた。ホントに面白くて見ていて溜息が出てくる写真ばっかりだったよ。 俺は写真を始めてかずっとフィルムを使ってきたけどそれは入った部活が銀塩写真でフィルム現像やプリントも全部自分達で行う部活だったからだ。もし、入った部活がデジタルばっかりだったら俺もデジタルをやっていたと思う。別にフィルムにこだわっているわけではなく、デジタルを毛嫌いしているわけじゃない。 でも、俺はずっと銀塩写真をやってきたから銀塩写真の楽しさや魅力はよく知ってる。まず、カメラがとてもオシャレだ。ライカだってトイカメラだって、なんかいつでも持っておきたくなる。デザインもカッコイイと思う。デジカメはなんかみんな一緒に見えてしまう。あと、なんといっても銀塩写真の魅力は暗室なんだろうと思う。暗室はとてもお気に入りの場所。別にプリントしなくても入っていたい。薄い赤い光で部屋の中をつつみ、酢酸の匂いと水の流れる音を聞きながら、ボーットするのはとても好きだ。なんか宇宙空間にいるような気分にさせてくれる。上手く写真が焼けなくて悔しくて泣きそうになっても暗い一人の部屋なら感情を外部に出さなくてすむし。 もちろんデジカメのよさだって沢山あるんだと思う。それを発見するのもすごく楽しみでもある。デジカメに切り替えるとしたら、10万円くらいでフルサイズのデジカメが出て、逆光の光が虹色にならなくなったらデジカメにしようと思う。 撮影会は年に二回、春と秋に開催される。部員達は各班に分かれて好きなところに行く。競馬場に行く班もあるし、カフェ巡りに行く班もある。決して撮影がメインではない、部活の撮影会を俺はとても気に入っていた。気心しれたやつらと、いろんな場所にいけるのはやっぱり楽しい。俺らの班は「大阪の光と影ツアー」と題し、新世界、あいりん地区、なんば、心斎橋と巡った。普通に疲れたw 写真はあまり撮らなかったけど知らない街に行くとほんとドキドキする。あの感覚がたまらなくすきだ。 ![]() 季節の中で何が1番好きか?と聞かれたら真っ先に冬と答えるだろう。京都もこの頃は気温も下がり夜間なんかはやっと冬が来たかと思えるほど寒くなっている。色づいていた大学の楓も散り始めている。自分の好きな季節に近づいていることを肌や視覚で感じ取ることができることはとても嬉しい。 冬はいいところが沢山ある。まず雪が降ることだ。俺の実家は雪が積もる地域なので、まだ地元で小学生や中学生や高校生だった頃、下校の通学路で友達と雪合戦しながら帰るのがとても楽しかった。雪が積もった田んぼで行う雪合戦は体が火照ってしまうくらい熱中した気がする。冬だけにしかない雪はとても特別な存在だ。雪が降り出す前のあの夜の静けさや雪おこしがゴロゴロなるのはとてもドキドキした。小さな街を白一面に埋め尽くしていく雪は今でも不思議な存在だ。 雪にともないやっぱり寒いことが冬の魅力なんじゃないだろうか。寒すぎて外に出たくない時も、コタツに入ってみかんでも食べていれば幸せを簡単に味わうことが出来る。夏のクーラーよりも冬のコタツの方が魅力的でしょ? そしてこれは大学に入ってから気づいたのだが、女の子は冬服がよく似合う。俺が普段よく見るのはやっぱり部員の女の子達なんだが、彼女達はとても冬服が似合う人達なんだ。露出度の高い服より、冬服から覗く指先の方がセクシーさを感じると言うかなんというか…カーディガンから少し出ている指先とか、タイツのラインとか、なんか俺は変態みたいだな…。あとブーツを履けるから嬉しい。最近はブーツに少しはまってて、お金がないから持ってるのはマーチンのブーツだけだけど、履くのがとても楽しみなんだ。 あとコーヒーが1番おいしい季節じゃないかな。 「寒いです。寒いから冬が好きです」 と言いながら後輩の女の子は自販機で買ってあげたカップのホットコーヒーをおいしそうに飲んでた。 これからもっと「冬」になるんだろう。 今年こそ雪の写真を撮るぞ!と意気込んで、でも毎年露出で失敗している。 雪の写真は難しい。でも今年こそは! 俺は写真部に所属していて学年的に幹部に就いている。まぁあと一ヶ月ほどの任期であるのだが。そして写真部で写真を撮るということはどうしても作品展を意識して写真を撮ることになってしまうんだ。大体三ヶ月おきに写真部ではなんらかの写真展が開催されている。だから写真展を意識して写真を撮っている。用は作品になるような妙にアートを意識した写真になってしまうんだ。時々こんな写真が俺は撮りたかったのか?とか思ってしまう。モット自由に何にも縛られずにおもむくままに写真を撮ることができたらいいなと考える。 今日たまたま4講が休講で、カメラを持っていたのでゆらゆらと大学裏の住宅街に写真を撮りに行った。赴くままに久しぶりに写真を撮れた気がする。フィルムだからまだ現像はしてないのだけれども、よく写ってくれていればいいな。現像もプリントも自分で行うから、それも楽しみだ。 来月には部活を引退するから好きなように写真を撮れる。とても楽しみだ。 引退は楽しみではなく寂しいだけだけど、また新たな写真生活が始まると思うと、少しだけ前向きになれる。 ![]() アニメを語る上で切り離せない存在のアニメは多々あると思う。なかでも「新世紀エヴァンゲリオン」は俺の中ではアニメの代名詞的な存在でもある。エヴァが放送されたのは95年だった。俺は小学生の時に再放送で初めてエヴァを見た。当時はなんのこっちゃわからなかった。今となってはもう13年前の作品になるのだけれど、エヴァは今見ても全く色あせることなく、むしろ大人になるにつれてまた違った感情で見れるので面白い。 エヴァの面白さはいろいろと語られていると思う。ストーリーはもちろんのこと、作りこまれた設定、生物学、心理学、宗教とものすごく深い世界であると思う。聖書を読めばさらに面白く見れるらしい。アニメの表現として革新的な方法もエヴァでは使われているらしい。フラッシュのように情景が変わっていくとことか。その後のアニメ業界に影響を与えたとか。エヴァが放送されていた95年は日本にとって激動の年であったのではないかと今考えるのだ。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、そしてバブル崩壊の大不況など、日本が闇を背負っていた時代だったような気がする。当時小学生の俺はそんなことは全く関係なくのんきに生活していたが、あの頃学生で、リアルタイムでエヴァを見ていたら、言い表せられない感情に駆られていたのではないだろうか。誰もが持っている心の闇や迷い、弱さをリアルに描いたアニメだろう。 そしてエヴァは登場するキャラクターたちがとても魅力的である。例えば綾波レイと言う少女が登場するのだが、たぶんエヴァのなかで最も人気があるのが彼女ではないだろうか。綾波レイは今までのアニメのキャラクターとしては革新的な存在だったらしい。俗に言う「無口キャラ」と言う分野を初めて確立したのが彼女だったみたいだ。 そして、エヴァの少年、少女たちは14歳と言う設定だ。14歳と言う年齢は、子供から大人になる過程の一番初めの段階じゃないかな。まだ純粋さのほうが強く残ってるけど、それでも大人になろうとしている少年、少女たちの心の葛藤がエヴァからは痛いほど伝わってくる。俺が14歳の頃は、部活まみれの毎日だったけど、それでもなんかモヤモヤとしてやり場のない感情があったようにうっすら記憶している。結局何も出来ずに、でもそんな自分が嫌いで。そんな年齢だった気がした。14歳と言う年齢は本当に貴重なのだと思う。「リリィ・シュシュのすべて」も登場人物は14歳だった。あの小説(映画)も14歳の感情を上手く表現している。 なんか偉そうにいろいろ書いたけど、ホントはそんなにエヴァには詳しくないんだ…。ただあのアニメはとても自分自身の心に響いた気がした。何回も見返して見たいアニメじゃないけど、一回見たときの感情は忘れない方がいいなと思った。また、違う時に見たら別の感情を抱くだろうから。 14歳はもう二度と戻れない。それは今も同じかもね。 ![]() 写真をやってみたいと思ったのは、高校三年生のちょうどこの時期だったような気がする。受験勉強の息抜きに、よく書店に行っていた。なんで写真をやろうと思ったのかはあまり覚えてないのだが、そう思いながら写真雑誌のコーナーに行くと長澤まさみが表紙の「PHaT PHOTO」という写真雑誌を見つけた。なんかやたその長澤まさみがかわいくて、その雑誌を衝動買いし、大学生になったら写真をやろうと決めた。今までなんとなく思ってたことが、やろうと決定的に決まったんだ。 それから大学に入り、写真部に入った。カメラや写真のことは全くの素人で入部した。先輩たちから教えられるがままにMFカメラを買い、フィル現や写真のプリントを行った。初めて買ったカメラはニコンのFE。今は後輩の元へ。 それから写真にドップリな大学生活を送ることになってしまった。 デジタル全盛の時代だけど、使っているカメラはニコンのF3。レンズは今は28mm。お気に入りのフィルムはアクロス100と400UC。カラーもモノクロもどちらも好きだ。フィルムにこだわっているとかは全然なく、ただデジタルカメラを持ってないというだけなんだ。 写真と写真部のせいで、俺の大学生活は闇と光の世界になったし、世界を確実に広げれた。数々の世界にね! 僕は、俺は? 一人称の呼び方はいつも困る。特に文面になるとなんと言ったらいいのか余計に困る。なぜならばこのブログは僕、あるいは俺の知り合いや友人などは一切見ていないのだから。そして初対面の人達に向かい、どうでもいいことをベラベラしゃべる(ブログの場合書くのか?)のでやっぱり一人称は「私」の方が丁寧でいいのであろうか?いや、普段、俺であるから俺にしとこう。へんな出だしだが自己紹介を始めようか。 俺の現在の身分は大学生。舞台は京都。 写真が本業であるが、アニメ、小説、単車、音楽などもちまちまやっている。やっていると言うかそれを享受している。 そんな典型的なモラトリアム大学生のぼやきと日常かな。 写真はそのうちアップしていこうと思う。気ままに。 よろしく。 |
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