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小さな冷たい手や 冬の日の髪の匂いも
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![]() 今年も終わる。今年一文字であらわすならば「終」だと思う。自分自身「終」に関わることが非常に多かった。それが悪いことだとは全く思わなかった。寂しいことも悲しいことも多かった。だけどそれと同じ分、嬉しいことも楽しいことも多かった。 誰かを傷つけたり、傷つけられたりした。そんな2008年も終わる。明日、故郷に帰る。今日は写真展の打ち上げと忘年会だ。その前に大切な人と会う。これでよかったとかよくわかんない。よくわかんないのだけど、それでもいいのだと今になって思える気がするのだ。 もう28日なのになぜか年の瀬という雰囲気ではない。気分もそれに同じく。子供の頃は年の瀬や正月が無性に楽しみで楽しかった気がするのに。 来年はどんな年になるのだろうか。そんなことは分からない。まだ見ぬ未来だ。運命や未来が決まっていたとしても、俺はそんなもの見たこともない。だからココから先の一瞬、一秒が楽しみでもあるし、怖くもある。 「世界が違う」という言葉がある。あいつとは住む世界が違うとかそんな感じで使われていると思う。この言葉は非常によくわかる。俺達は同じ空間、三次元で生きているだけなのだ。それは物理的に共有しているだけであって、四次元的、五次元的な違いはそこからは見えてこない。 今日俺は自らひとつの「世界」を終わらした。世界を終わらせることなど簡単に行える。それも言葉一つで。スイッチ一つで核爆発を起こすのは三次元的に終わらせることに過ぎない。俺が今日終わらせたのは、過去の世界と今を切り離したに過ぎない。俺達の生きている三次元ではどうしても時間の流れが存在する。例えば宇宙は十一次元であり、そこには時間という概念はない。(正確にはあるらしいのだが…) 今日俺が終わらせた世界は自分のために終わらせた。この場でカッコつけて誰かのためになどと言っても仕方ないし、しょうがない。自分が前に進むために終わらせたのだ。その行為がよかったとか悪かったとか後悔とか反省とか、もうそんなことはそうでもいいんだ。 前にも書いたかもしれないが、終わらせることにより始まった。始まった世界が少しでも今より少しでも明るい方向に進むといいと思う。
アニメーションってのは芸術作品としてあまり認められてはいない分野であると思う。ジブリなどは世界的にも有名であるがあれは映画だ。とくに深夜アニメなんかは娯楽的なあつかいであったのではないだろうか。少なくとも俺は今までそう思っていた。 昨日「ef」二期の最終回だった。「ef」は一期からずっと見ていたアニメだ。俺はこんなアニメは初めて見る!というアニメに出逢った気がした。この表現はアニメーションにしかできない。と思えるような表現が沢山なされていた。OPもEDも全部飛ばさないで見て欲しいなか。綺麗でグロくて純粋だった。ストーリーが特にすごかったと言う印象はあまりない。だけど、一期の最終回も二期の最終回も号泣してしまった。 「ef」の原作は18禁のアダルトゲームだった。俗に言うエロゲだね。アニメで感動しすぎた俺は「原作」を買ってみることにした。いままで特にゲームには興味のない人間だったけど、俺にエロゲを買わせる決意をさせるくらいすごいアニメだ。というまとめです。 ちなみに俺は千尋が… 全て終了した。 幹部として写真部員として。 お疲れ様の飲み会で後輩からプレゼントをもらった。鈴木理策の写真集。とても嬉しかった。 終わってしまうのは悲しくて寂しいはずだったのに。 なんか嬉しくて仕方がなかった。 なんでだろ。もう会えないのに。
夜になるとなぜか聴きたくなる音楽ってのもあるんだと思う。俺は夜になるとサカナクションを聴きたくなる。特に今日みたいなこんな寒い夜にはコーヒーを飲みながら聴きたい。 サカナクションを知ったのは確か4月くらいだったかな? 初めて聴いた時は不思議な曲だな。と思った。でもとても癖になってCDを買った。誰もいない寂しい冬の夜なんかに聴くととてもいい。 メロディーと歌詞が抵抗なく頭の中に入っていく感じがする。 このアルバムだと「白波トップウォーター」が1番お気に入り。 「終わりがある」と言うことは、とても大切なことなんだと思う。 俺は明日の総括で部活は引退する。今は引退前夜だ。今終わりがあってよかった。とホントにそう思える。あと一年こんなことをやっていたら精神崩壊していたかもしれない。人間不信に陥っていたかも知れない。少々オーバーに言い過ぎたかも知れないがそんな気持ちにさえさせてしまう。幹部と言う立場は非常に辛かった。ここまでやってこれたのも「終わりがある」ことがわかっていたからだと思う。 大げさに言ってしまえば、死ぬことがあるから生きれる。そんな感じだ。 何事もゴールや終着点がある。それに進むことを人は何かしら目標にしている。受験とか就職とか、試合とかね。恋愛だって付き合えるとか、結婚とかも一種の終着点であり終わりだ。失恋だってそう。終わりは始まりの原動力になるのは間違いない。 そして俺は明日ひとつの終わりを迎える。三年間の部活生活から引退と言う形で写真部を去る。大学生活=写真部だった俺は、もう明日からどうすればいいのか全く分からない。 でもまた新しい終わりに向かって始まらなければならないんだ。 今日は残り二回のMTだったのに、俺はなんもしてなかった。同じ幹部の女の子は傷ついただろうな。ってゆうか傷つけてしまった。いつも余計なことをして傷つけていて、今は何もしないから傷つけている。一体どうすればいいんだろね。 一年前はこんな感情になるなんて思いもしなかった。 いい意味でも、悪い意味でもいろいろ裏切られてきた。 そして、これからどうすんの? ブログはもっと客観的に書こうかと思ってたんだけど無理だわ 今日からあと一週間で幹部が終わる。 昼に起きて、部室でご飯を食べる。後輩にご飯を買ってきてもらい、後輩達とご飯を食べしばらくして、作品のバックシートとマットを買うために四条へ。アニメイトには修学旅行生が多かった。 部室に戻ってきて作品を仕上げる。幹部の一人の女の子が写真屋に連れてけと言ったので単車の後ろに乗せて、写真屋へ。それが終わったら、年末に開催される作品展の立て看板作りを幹部で行う。 そして俺と一人の女の子は総括の資料を作りにリソグラフのある部屋へ。一時間ほどで資料を作り上げ、そのあと幹部のみんなと会議をした。 会議が終わってしばらくして幹部の彼女達と鍋をした。 下らない話と思い出を話しまくった。 今日はいい日だった。なんか満たされていた。 とても穏やかな気分になれたんだ。 ![]() タバコを吸うことやめてみようと思う。タバコを吸うのに大した理由はないから。 やめようと思う理由はあるよ。まず、健康面でかなりの支障をきたして来た。もう3年も体の調子がおかしいとさすがに精神的にも参ってくるのでとりあえずタバコをやめて様子を見ることにした。それに即して、「願掛け」の意味も含めている。遊びに行きたい女の子がいるんだけど、今の自分自身ではとてもではないが自分からは声をかけられない。 タバコをやめて健康になったら声をかけてみようと思う。 タバコはマルボロミディアムを吸っていた。ソフトケースの方が好みでBOXよりもなるべくそっちを買うようにしていた。コーヒーによく合う、味の濃いタバコだった。 ずっとそのタバコだったが吸い始めたタバコがマルボロだった。ただそれだけの理由だ。 上手く行くといい。そう願うよ。誰かに、とかではなく、ただその航路を。 時間の流れは早いものでもう12月だ。それでも毎日毎日ちゃんと今まで存在していたのだと考えると少しだけ不思議な気分になる。 引退後のことを少し考えていた。 たぶん今まで一緒にやってきた幹部達とはほとんど会わなくなるだろう。それでいい。俺は一緒にやってきた仲間達を今嫌っている。このままではみんなに依存してしまう。それは俺にとってよくないのだ。一人でがんばらないといけない。 写真だってもっと、もっと強くならなくては。写真を強くなりたい。写真は「強い」なんて表現はしないのだけれども、スポーツが強くなるように写真もつよくなりたい。 引退したら大阪あたりで貸し暗室を使ってみる予定。 もう部室の暗室には世話にはならない。あそこには思い出が多すぎる。 |
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