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小さな冷たい手や 冬の日の髪の匂いも
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恋をしたことないやつなどこの世にはいない。自分自身が気づいているのかどうかは別にして。今俺は21歳なのだが今になって思う。高校生の頃のような恋愛はもう二度とできない。そんな気がする。いい意味でもダメな意味でも、もう出来ないのだ。少なくとも俺は出来ない。 誰かを一途に好きになれるなんてことは。自分の立場とか相手の立場とか、それぞれを取り巻く環境とか、セカイとか、そんなもんぶっ飛ばすくらい誰かを好きになれることがもう出来ない。そして高校生の頃にそれが100%出来ていたのか、と聞かれたら自信はないが、それでもそれを出来る環境にあった。そして自分自身がそれを出来る「思春期」と呼ばれる場所にいた。 今はどうだろう?そうではないな。極論を話せば「大人になったのだと思う」そして、その頃を若かったと笑う。そうなのだ。そういうもんなのだ。その頃の気持ちなんか思い出したくもないのだが、取り返すことは出来ない。触れることも、同じことを行うことも、もう許されない気がする。自分自身が「大人になった」なんていうヤツはろくなヤツはいないのだが、俺は恋愛に関してはそう思う。 臆病になった、と言うべきか。空気や立場を考えれるようになったと言うべきか。 「とらドラ!」を読んでいてふとそんなことを考えてしまった。 小学校から将来の夢を考えてきた。 そして大学生になり今、夢と仕事をリアルに受け入れている。 結局俺は夢も仕事もよくわからない。就職はしたい。だけどそれまでの過程がとてもめんどくさく、リクナビ、マイナビにクリックするのですら相当のストレスがたまる。 写真 イラスト 執筆 やりたいことなんて沢山ある。興味あることもたくさんある。なのに一途に続けられない。最後までとことんできない。最悪だ。 集中力はもたない。なんだろう。 本も読みかけが増えた。アニメの続きもそこまで見たくない。 気持ちばかりが焦って、誰かに側にいて欲しいときに限って、誰もいない。 中学生みたいだ。いつまでこうして悩めばいいんだろう。 いい加減大人になりたい 俺はずっと写真をやっていくつもりだ。 でもなぜだか最近、写真に熱くなれない。前にもこんなことがあった。あの時は部活の運営の方が忙しくて、写真やっている暇がなかった。今はどうだ。暇はたっぷりある。でも、なんでか写真と向き合おうとしない。やらなきゃならないって思い出したら最悪だ。でも今正にそんな感じになっている。 フィルムで撮るのももう終わりかもしれない。暗室は使えない。使いたくない。カラーはお金がかかる。デジタルに移行しようとしてもそんなお金はなく、貯金しようにもバイクのローンやら、なんやら払わなくてはならないから、お金は貯まらない。したがって、ますます写真から離れてしまう。 なんだろうこの感覚。やりたいのにその場になるとやれない。 ふざけている。 明け方眠り、夕方起きる生活はもう終わりにしなければ。
アニメは人よりは比較的多く見ているほうだと思う。 暇つぶしにはもってこいである。話も独創的なものがおおいし、SF、ファンタジーなどはアニメの得意分野ではないだろうか。しかし、俺はあまりSFやファンタジーは見ない。どっちかと言うと学園ものの現代劇をよく見る。 その中でも感動できるアニメに出会った時はとても嬉しい。このアニメ「true tears」は1番好きなアニメかもしれない。高校生の恋愛や成長を描いた物語だ。よくありがちな恋愛アニメとは少し違った気がした。見終わって、見てよかったと素直に思えるのだ。アニメは学園モノのアニメが多い。やはり誰もが、戻りたいとか、やり直したいと思える時期が高校生活であることが多いからではないだろうか。高校の頃はあんな感じにモテたかったとか、あんな青春を送りたかったとか、そんな思いは誰もが持っている。その夢を少しでも叶えてくれるものではないだろうか。 舞台は富山県。冬や雪好きの俺にとって嬉しい限りだ。物語は秋から冬、そして春へと向かう。この流れがたまらなくいい。 富山へ行こうと思う。雪があるうちに。就職活動の合間をぬって。
最高の恋愛小説だと思う。 これを読んで以来すっかり森見登美彦のファンになってしまった。 失恋を面白おかしく、だけど切なく描いている。 京都の街並みがとても素敵だ。 うん。最高だ。 京都に帰ってからはすぐ授業が始まった。もう部室に顔を出すことはなくなり、本当に引退してしまったんだとしみじみと感じている。 そんなことをぼんやり考えながら授業を受けているとメールが届いた。 「4限目が早く終わって、暇」 知るかいな。と思っていたら、ちょうどこっちの授業も終わった。五号館の正面で落ち合った。 「テストはできたのか?」と生意気に聞いて来る。 生協に寄り、コーヒーを買ってあげる。1号館の非常階段の一番上に向かい、授業終わりの学生達の群れを遠巻きに見ながら、「あのマンガはおもしろかった」と話す。 「もうすぐテストだし、しっかり単位とれよ」と言われる。適当に相槌を打ったり、時々突っ込みを入れながら、冬の風が頬を吹き抜けていく。 「一緒にここから飛び降りる?」 細い目をさらに細くして、ニヤニヤ笑う。危なげな笑顔に吸い込まれそうになりながら、「明治時代じゃないんだから」と真面目につっこむ。 ふわふわと笑い、「やっぱり冬はいいね」と言う。 「そうだね」と答えて、なぜだか泣きそうになった。 非常階段を下りて、別れる。 これからゼミの打ち合わせがあるのだ。会議室に向かうまでに学部の友達に偶然出くわす。最近のあいさつは「就活」らしく、会うやつ会うやつ、「就活」「就活」と叫ぶ。自分も同じように叫ぶ。危機感だけが募るばかりだ。 「一緒にここから飛び降りる?」 さっきの言葉が頭をまたよぎった。 手に持っていたコーヒーはもう冷たくなっていた。 ![]() 自分自身の弱さをどれだけ許すことができるだろうか。許してもいいものなのかもわからない。毎日学校から帰った後はパソコンに向かう日々だ。どおでもいい情報だけが目から脳に流れ込んでくる。結局タバコを吸い、夜更け近くに眠っている。生産性のかけらもない生活だ。誰の役にも立っていない。別に誰かの役にたちたい訳ではないのだが。寂しさを埋めるためにネットの世界へもぐりこんでいく。かといって2ちゃんやオンラインゲームをしている訳ではないのだが。 友達にも親にも就職活動をがんばると言って京都に戻ってきた。 リクナビすらアクセスせずにいる。やらなければならない。ということが非常にいやだ。やりたい。のではないから。 でも働きたい。就職はしたい。 やる気が起きない。なんでこんなことになってしまったのか。結局誰かや時代のせいにしていれば、よかった。それで下らない自分自身を必死に守ってきたんだろうな。しょうもなさすぎる。 客観的に見てダメだとはわかるのだが、主観的にはまぁいいかな。などとぼやく。 昨日のやる気もむなしく、どうしようもない。 写真と絵と言葉でなんかしたい。 やりたいことはどんどん浮かぶ。 やらなきゃならないことに目をつぶりながら ![]() 2009年が始まった。 あけましておめでとう 5日に京都に帰ってきた。バスのチケットが取れず、大阪行きの高速バスに乗り込み大阪からは阪急で京都へ。高速バスが高速を降りて千里あたりから梅田を目指す。大阪の都会さに小さな自分はどんどん飲み込まれていく。大阪でアカネ氏とサカモトに電話。地元のたっけにも連絡をして阪急電車、特急河原町行きに乗り込む。 マウンテンパーカとグレゴリーのリュックで少し大阪を彷徨ったが、なんか浮いていたからとっとと帰ることにした。大阪はもうすでに正月気分ではなかった。阪急電車のなかは夕焼けで黄金色になっていた。今日ほど大阪の夕焼けを綺麗だと感じた日はない。書店で買ったブルータスを読みつつ、外の夕焼けを眺めつつ、今年はよい年になる気がした。不景気とか就職難とかどうでもいい。というより、俺自身「景気がいい」時をいまいち経験したことがないからいったい何を基準に景気が悪いといっているのか分からない。 黄金の大阪の夕焼けを眺めながら。ふつふつとなぜだかやる気がわいてきたような気がした。そして同時に今世界が滅んでも、あるいは自分一人だけ死んでしまっても、一瞬許せてしまう気がした。 夕方からはサカモトと落ち合い、伏見稲荷大社で初詣。 晩御飯を買出しに出かけ、シュウヘイくんもうちに来て新年の再会をささやかながら祝した。 そうだ、今年もまた希望と絶望が隣り合わせで、でもそれでも楽しみな一年間が始まったんだ。 |
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