|
小さな冷たい手や 冬の日の髪の匂いも
|
|||
|
次々と今期の深夜アニメが最終回を迎えてゆき、それで季節が巡っていくのを感じる。そのやるせない思いと、来期のアニメが楽しみだったりでそれはそれで季節の変わり目を切なくも優しく向かい入れようとする瞬間でもある。
恋をすることは人類最大の謎と言っても過言ではない。古今東西なぜだか人は恋に囚われたように生きている節もある。歴史は愛と戦争の繰り返しなんて言葉もあるくらいだ。 ではなぜ人は他人を求めるのだろうか。僕は同性愛否定派ではないのであえて異性を求めると云い回さないでおく。恋とはなんぞや? もうすぐ四半世紀も生きているにも関わらずその謎は未だに僕自身の中で解決されていない。しかし、この欲求は半分は本能によるものではないかと考えられる。人間は三つの欲求がある。寝ること、食べること、そして性的欲求。 恋はその全てを兼ね備えているのではないか。 例えば寝る時は一人で眠るのは寂しい。食べる時も一人では寂しい。一人での性的欲求は虚しい…。 その全てを埋めて欲しくて人は恋をするのではないのだろうか。 さらに特定の他人とそれが出来たらどんなに素晴らしいことだろう。などなど… それが恋をするきっかけになるものなのではないだろうか。 しかし僕に芽生えるこの感情は決して恋などではなくもっと尊く儚いものなのだ。 僕のいない朝はきっと素晴らしい世界。 あぁその通りだ。今まで出会った人も僕のことを忘れて、僕のやってきたことは何もなくなってそれでいい。何を期待しているんだろう。何を求めているんだろう。あやふやな感覚の中に何を見出せるというのか。 いつもそうやって、進めなくて、いや進む気なんてなくて勝手に時間だけが残酷なほど流れていく。見たくも無い姿を見せ、見たくも無い姿を見る。 感情なんて無ければこんな気持ちにさえならないのだ。こんな気持ちにさえ。 単車での帰り道、ぼろぼろ泣く。 勝手に涙が出るなんて何年ぶりなんだろう。街の光が生ぬるい空気で淀み、そしておぼろげな感覚を掴めないままいつもうなだれる。 本当は叫びたいのだ。 救って欲しいと、側にいて欲しいと。 生ぬるいぬくもりで眠らせて欲しいと。 それすら叶うことなく僕は消えてゆく。消えたい。 浅はかな夢で、僕は酔い続けていた。過去の自分は無かったことに。歳を重ねることは、間違いを何度も繰り返していくだけだ。絶対そうだ。何度も何度も。そんな自分に嫌気がさす。極論的に、惨めな思いをするならば、この世界に存在すること自体、拒んでしまう。 きっと誰も僕を救えない。救ってなど欲しくない。寂しさを埋め、楽しさを共有し、思考に新たなスパイスを効かせてくれるならそれでいい。 誰も信じない。誰も僕をわからない。 でもアイリス。信じて欲しいと望む。 でもアイリス。求めて欲しいと望む。 時々ぞっとするほど冷淡で、嘘つきな自分がいる。優しくも強くも信念もない。下らない理論をこうしてネットの波に流し続けている。 期待されたくないのに期待する。 知っている。一番消したいのは過去。知っている。一番奪いたいのはその未来。 アイリスが読んでいた小説を買ってみた。こっそり買ってみた。こんな感じに僕はアイリスに近づきたい。なんで買ったの?なんで近づきたい? こんな気持ちなんて明日にも分からなくなるかも知れないのに。あの時のように寂しさを紛らわせるためだけに…二年前の話なんてもうおぼろげで。 感情なんて持ちたくない。もう沢山!もう沢山!!!!! 都合よすぎるよ。僕は都合よすぎる。 子宮に連れて行って欲しい。 完璧な表現だ。 明日僕がいなかったらアイリスはどんな顔をするのかな。
信じていたものは都合のいい妄想。
そうだ。あれからどれだけの月日が流れていったのか。米子を出て三年と数ヶ月。そしてそれ以上に離れていったものがある気がするのだ。何か宗教概念みたいに取り付いていたその場所は僕から遠く離れていった。そして妙な脅迫概念から解き放たれていった時に求めた場所は、真から想える場所なのだろう。それでいいのだ。僕は大学に入れてよかったと思う。こんなにも自分を高めていくことが出来た。毎日忙しく過ごしているわけではない。しかし、物質的には忙しくなくとも、この頭の中は絶えずフル回転している。日々の生活に追われることなく、フル回転できるのだ。それはこの時期にしかできないことである。だから僕は誰よりも忙しい。考えることに忙しく、悩むことに忙しいのだ。 つい先日、海を見に行く機会を得た。電車を京阪線、学研都市線、山陽線を乗り継ぎ、須磨の海へ行ってきた。淡路島に続く、明石海峡大橋が目の前に広がり、穏やかな瀬戸内海がそこにあったのだ。瀬戸内海は穏やか過ぎて、砂浜の砂の粒は大きく、何か物足りない感じであった。僕は日本海こそ、我々の海であると感じている。潮風が吹き付ける海でなくては海ではないのだ。 そして僕はまだ見ぬ、いつかの映画に出てきた何処までも遠浅の続く海のことを想った。そんな海を僕は見てみたい。現状を過去にしがみ付いて過ごすのはゴメンなのである。 今の現状に満足しているのか。と聞かれれば、ある一部では非常に満足し、ある一部では非常に不服であると、答えるだろう。 結局ホワイトカラーな仕事は出来そうにもない。ブルーカラーとホワイトカラーの中間を行き来することになりそうである。 この世界は差別と偏見と不条理と一般的と常識に埋め尽くされている。どうしても僕はうまくそれに乗っかることは出来ないのだ。 何も疑問を抱かずに生きてはいたくないのだ。最高にドラマチックにエキセントリックに生きていたいのだ。時々想う。みんなは現状に満足しているのであろうか。僕には分からない。判断するのは自分自身である。どんな仕事をして、どんな生活をしていても、客観的な視点と主観的な目線ではずいぶんとかけ離れているものなのである。しかし、大多数は客観的な視点をなおよしとする傾向にあるのだ。どうしてもそれを崩せない。 就職活動をしていて一つ気付いたことがある。(現在も活動中であるが)どんなに年をとろうとも、レベルの高い学府に通おうともしょうもない人間はいるのだ。と言うことだ。こんなしょうもない人々が日本を回していると思うと、ゾッとすることが多々あった。その反面一生かけてもこの人には追いつけないだろう。と言う人間にも何人も出逢った。一瞬見ただけで、その人の目に見えぬものが、それを感じさせていた。 そして思うのだ。果たして間違っているのは向こうなのかこっちなのか。いつもそれに戸惑ってしまうのだ。 言葉にすれば自分の感情、感覚はその時点で失われる。多くの声にならない叫びを聞いて、それでも他に伝える手段を知らない人間は儚い。 インテリジェンスに思慮深く生きたいのだ。それが自分自身と似合っていない生き方であると重々承知している。しかしそれを目指して何が悪いのだろう。 他人を見下し、自分自身を信じれず、自意識過剰と自己嫌悪の狭間にいつまでも揺れていたいのだ。その幅をもっと大きくしていきたい。そんなもんだとか、仕方がないなど言いたくないのだ。 牧野由依の曲を昨日から聴いています。とても癒される。癒しを求めるほど飢えてはいないはずなのに。相変わらず毎週三冊ほど本を読んでいる。どんな風に過ごしても、きっと終わりはあるのだから。 云いたいことはきっと4%も云えてない。 もどかしいよ。 何十枚もアイリスに手紙を書く。 僕はアイリスのことは、わからない。僕のことも分からない。僕が書きたいから手紙を書く。書いて書いて… でも言葉にした瞬間伝えたいことは消え去ってゆく。 そして本当に伝えたかったことや、わかりたかったことは決して言葉なんかには出来ないものなのだ。アイリスは僕の顔を撫でる。お腹を撫でる。しなやかな指先で。 僕はアイリスのぬくもりを感じる。匂いを感じる。 シナプスの繋ぎ目にしっかりと記憶して起きたいのだけれど、視覚情報で得られるものではないからいつもあやふやになってしまう。 繋いでおきたいのは未来? きっとこんな感情もいつかは忘れてしまうかもしれない。 それでいて大きな穴を作って、誰にも埋める事の出来ない大きな穴を開けてゆく。 覚えなくていい感情を覚え、どんどん穴が広がる。 アイリス、僕を消して欲しい。 |
|||