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小さな冷たい手や 冬の日の髪の匂いも
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僕は京阪電車に乗り込んだ。電車内は生暖かく、シートの独特の硬さが体に伝わる。昼間の電車内は人気は少なく、リクルートスーツを着た学生がやたら目だって目に付く。自分も同じ立場だから余計に目に付くんだ。普通電車は5つほど駅を過ぎ、丹波橋で止まり、僕は降りた。待ち合わせの時間まで少しある。待ち合わせの場所のホームに行き、タバコを吸う気分でもなかったのでベンチに座り、カバンから小説を取り出し読み始めた。物語に引き込まれそうになりかけた時後ろから肩を叩かれた。 「よッ!」 振り返ると少し背の小さい体がそこにあった。顔はほんの0.1秒ほどしか見なかったが、いたずらっぽい笑顔が目に張り付いた。 「よぉ」 と、出来るだけ興味がなさそうに答えた。本当は嬉しくて仕方なかったが自分だけが舞い上がっているなんて思いたくなかったからだ。 「次の特急に乗ろう」 「うん」 特急はあと7分ほどでやってくる。特急待ちの列に僕達は並んだ。 僕達がどこで出会い、どうして今、待ち合わせをしてここにいるかなどは重要なことではない。そんか過去はどうでもいいんんだ。今ここに、僕の隣に彼女はいて、少し眠そうにあくびをしている。そんな彼女の行動を僕は今見ることが出来る。それだけでいいのだ。そう結論づけ、どんな話をしてみようかな、などと考えている間に、特急が来た。 僕達は特急に乗り込み、四条で阪急電車に乗り換えた。ここでも僕達は特急に乗った。彼女は僕の右に座り、僕達は目的地の駅につくまでにポツリポツリと会話をした。取り留めのない会話だ。映画とか、音楽とか、小説とか、そんな話だ。彼女の声は僕の耳に届き響く。僕の声は上手く彼女の耳には届かないみたいで、何回か彼女は僕の話を聞き返した。無言だったり、乗り換えをしたり、会話をしたりしているうちに、目的地の駅についた。そこから僕達は神戸の住宅街をふらふらと彷徨う。目的などはやっぱりどうでもいいのだ。知らない街に彼女と僕がいて、二人で歩くことが重要なんだ。彼女の顔をやっぱり直視して見ることが出来ない。目を合わせて会話が出来たら、どんなに楽しいだろうと思うと無償にやるせなくなってしまった。 そして僕達はまた阪急電車にのり、次の街へ向かう。次の街でもふらふら歩き、時々彼女が話しかけてくれる。僕は答える。でもお互い歩くことはやめない。お腹が減ったので適当な店に入り、ご飯を食べことにした。 「やっぱりカルボナーラだよね」 彼女はそう言いながらカルボナーラを注文する。彼女はいつもカルボナーラを頼む。そんなにおいしのか僕にはわからないが、彼女にいつも選ばれるカルボナーラにすら僕は嫉妬してしまうのだ。カルボナーラをご満悦で食べ終え、コーヒーにフレッシュだけを入れ、おいしそうに飲む。そして、 「こんなのカルボナーラじゃない」 などと言い出す。さっきまでご機嫌で食べていたの思ったのに、僕は困惑してしまう。気のきいたことを言えないままでいる僕を見て彼女は笑う。それから少し話して店をでた。 帰りは地下鉄とまた京阪電車に乗った。帰宅時のラッシュに鉢合わせしてしまい。僕も彼女も無言のまま隣通しに座っていた。彼女はいつの間にか眠っていた。髪で目が隠れ横顔からは表情は見えなかったが彼女が穏やかな寝顔であることを僕は本気で願いながら、乗客の間から少しだけ見える通り過ぎていく夜の街波を眺めていた。 そして僕達はまた始まりの丹波橋に戻ってきた。彼女はこれから近鉄電車に乗り換え家に帰るのだ。「じゃまたね」 「うん、またね」 僕達は短い挨拶を交わし、僕は再び京阪電車に乗り、家路についた。帰りの電車から彼女に今日は楽しかったとメールを送った。家に着いた瞬間にメールの返信が届いた。私も楽しかった。そんな内容だった。ジャケットや靴下を脱いで僕はベットに倒れこみ、もう一度彼女のメールを読み返した。胸の奥が熱くなるのを感じた。僕達は付き合っているわけではなかった。僕は彼女のことが好きだ。彼女の気持ちは完全には分からない。自分自身の気持ちだって分からないときもあるけれど、この瞬間は彼女のことを好きだという気持ちに嘘はなかった。ベットから起き上がり、タバコに火をつけた。今日初めて吸うタバコだ。ゆらゆら排気口に吸い込まれる煙を眺め、タバコの匂いの中に、記憶の中で電車の中で漂ってきた彼女の独特の髪の匂いがよみがえった。何よりもその記憶の匂いに安心している自分がいた。 泣きそうになった。なぜだか分からない。もうそんなに感情に流される歳でもないはずなのに。 しばらく煙を眺め、今日は彼女のことだけを想って眠ろうと思った。今日ならそれが許されると、そう思ってしまったのであった。 * コメント *
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